BRUTUSが陳腐化しない理由とは? 西田編集長に聞いてみた

第3回東京編集キュレーターズは、BRUTUS編集長の西田善太さんをお招きしました。

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毎回、新しいテーマを発見し、独自の切り口でライフスタイル提案を続ける特集誌、BRUTUS。その編集の現場、企画の考え方、BRUTUSが大事にしていること、そもそも編集とは、そしてウェブについて――西田さんにたっぷり3時間ほど語ってもらいました。そのエッセンスを以下にまとめます。

「行き着くとこまでいっちゃうとブランドになる」
BRUTUSの企画はどう生まれるか、を説明しましょう。年23回しか発行しないから、やりたいことはたくさんあります。

これは、12月1日に発売した『文芸ブルータス』の中吊り広告です。有川浩、木内昇、舞城王太郎、朝井リョウ、伊坂幸太郎、西村賢太…など11人の作家の作品を収録しました。これは文学好きなら驚くラインナップです。なんでこんなことが? という仕上がりです。実は、中吊りの右下を見れば、謎は解けます。『新潮』『オール讀物』『群像』『文藝』など8つの文芸誌が協力してくれた特集なんです。

「いつか文芸誌を作ってみたい」という思いを僕はずっと抱えていました。どうやったら名だたる人のおもしろい作品を掲載したBRUTUSを作れるだろうか、と考えていたわけです。そして、去年の暮れ、答えを思いつきました。「先行掲載」です。これこそがこの号での僕らの「企画」なんです。

文芸各誌にかけあって、少しだけ早くBRUTUSに、メイン作品を先行掲載させてもらおうと、交渉しました。出版社の枠を超えて、ライバル誌同士を一緒にたばねて…なんて、すごくハードルが高いけれど、カタチにできたらこんなにおもしろいことはない。提供できることはふたつだけ、文芸誌を読むことを盛り上げ、各誌の宣伝も兼ねる。その結果、8誌が説得に応じてくれたんです。実際の先行掲載は3作品だけですが、他の作品も単行本には未収録で、まだあまり人の目に触れていないものを集められました。

BRUTUSも本のサイズ以外は全部変えました。紙質を変えモノクロ印刷、ページ数を大幅に増やして平綴じ、目次を文芸誌調の両開き観音にして、「ザ・文芸誌(サイズ大きめ)」にして、文芸各誌の協力に応えました。

BRUTUSには、「BRUTUSなら何でも買う人」と「特集によって買う人」がいます。特集によって買う人ばかり狙っていると、上の層が逃げてしまいます。たとえば売れるからといって「タレント」ものの特集のような企画ばかりをやっていると、前者のファンに逃げられます。

号ごとのBRUTUSの企画は3種類に分けられます。1つは「売るためのBRUTUS」。これは「猫特集」みたいに必ず当たる確信があるものですね。2つ目は「広告を取るためのBRUTUS」。最後は「色を出すためのBRUTUS」です。僕は新人の頃から3つ目、「色を出すのだけをやれ」と言われてきました。

実際に作る特集はこの3つの区分できれいに分類できるわけではありません。この3つの要素がグラデーションのように重なって入っているのですけど、実験号のような、今までにない号を出すときには、この考え方で整理することが支えになっています。

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何事も行き着くとこまでいっちゃうとブランドになります。読者も気にかけてくれて、クライアントからも信頼される。つまりは、行き着くべき目標は「愛されキャラ」なんです。昔、縁日でひよこがいろんな色に塗られていたのを知ってますか? 「雑誌なんて、ひよこを選ぶようなもんだ」って誰かが言っていた。本当にそんなものだと思います。「文化を作っている」なんておこがましい。受け手が拾ってくれて、おもしろく感じてくれたら、選んだ人にその力があるというだけ。そこしか頼るところはないと思っています。

「人より多く笑い、泣き、怒り、悲しめ」
雑誌「BRUTUS」は1980年創刊です。76年創刊のPOPEYEがあって、もう少し大人な本を作ろうと思った編集者たちが作った雑誌です。発売日は1日、15日で、読者は33~34歳がコアで、男性70%、女性30%。です

自己紹介をすると僕は63年生まれです。87年に博報堂に入社して、コピーライターとして4年間働きました。そして91年にマガジンハウスに転職しました。最初の配属がBRUTUS、その後、GINZAとCASA BRUTUS創刊に関わり、またBRUTUS、CASAを行き来して、2007年12月からBRUTUS編集長。編集長としては、これまでに120冊以上の特集を作ってきました。

雑誌はどういう組織で作られるか、を説明しましょう。編集長、副編集長、キャップ、その下に現場スタッフがいます。BRUTUSの場合では、編集長の下に副編集長が4人、現場が5人います。これは、独特の少人数体制です。誰と誰を組ませるかが編集長の仕事です。副編集長には1人で1冊作る力があります。取りまとめ役として、僕と、副編集長が順繰りに管理して、編集長は最後にちゃぶ台返しをする権利を持つ。そこは僕の責任です。1冊にだいたい3~4カ月の期間をかけて作ります。

いまはFRaU、BRUTUS、PENやCREAあたりが特集主義、ワンテーママガジンと言われています。そして、少人数体制を取ることは特集主義を取ったがゆえの必然です。一冊の中に流れがあるから、お互いの仕事を入念に確認しながらじゃないとできません。結果的に人数は少ない方がいい。工程別に分業した体制では特集主義の雑誌で、いい物はできません。

僕らはマーケティング調査をしません。それは、なぜか。皆で決めたことは正しいかもしれないが、おもしろくないからです。例えば、すごく売れた「最高の朝食」特集。担当の副編集長が「表紙はイラストでいきたい」と言っていたんですが、僕は写真を選んで、校了でもゆるがなかった…のだけれど、念校を取った日、最後の最後まで副編集長がイラストをあきらめなかったんです。そこまで好きなのだったら・・・と、最後でOKを出したら、結果的にその号は完売した。いま、その副編はPOPEYEの編集長をやっています。POPEYEのリニューアルはご存知のように大成功しています。

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ところで、編集ってなんでしょう。僕は、「その場にいたい」「この目で見たい」「誰彼かまわず話したい」「そしてウケたい」、この4つが大事な部分だと思います。最後の「ウケたい」が編集者として1番大事だけど、1個でも欠けたらBRUTUSは作れないのです。雑誌には編集長、編集者の性格が明らかに出ます。だから、作っている人間は「人より多く笑い、泣き、怒り、悲しむ」ぐらいで走り続けているのが理想です。

企画を作る、特集を作るのは、「時代を読んでいる」というほど大仰な話ではないんです。モヤモヤした感覚があるときに、それをくくるような言葉を1つ選ぶ。漠然とした感覚を、ヒトコトで表す。そうすると引っかかる人には引っかかります。売れると思ったものが売れなかったり、売れないと思ったものが売れたり。全部が思い通りではないけれど、そこからわかることがたくさんあるわけです。先が読めなくて落ち込んだりもするけど、私は元気ですみたいな感じですかね。

今日、2013年の上半期の企画を全部決めました。これは頭に何かが降りてこないと、なかなか決められないですね。学んだのは何かが降りてくるまでは「慌てちゃいけない」ということ。つい焦っちゃうんだけど、さすがに最近では、腹が据わってきました。

編集者は自分の号だけを見ればいい。僕は編集長だから、各号を超えて続く全体の流れを見るのが仕事です。つまり僕には「前後の流れ」があります。朝から晩まで、目の前で企画段階から校了まで5号分動いていますから。今後の特集企画が今日、バタバタっと決まったわけですが、動き続けていれば、アイデアがなくなることはないです。良い雑誌も2年も経てば、だいたい沈むし、陳腐化してしまいます。BRUTUSが陳腐化しないのは、誰も選ばない道を行くからかな、と思っています。ボロボロの橋をわたって、誰も手付かずの野いちごを摘んで、食べる。誰も行かない道を行く。それを怖がらない。そして、壊れないように橋を渡る技術もあります。無意識のうちになんだけど、あります。

BRUTUSをうまく載せられるウェブはまだない。
ネットは「検索」のメディアですが、雑誌は「発見」のメディアです。お客さんにとって、いい店とは「ほしいもの」がみつかる店のことを指します。でも、人は自分のほしいものを自分では見つけられない。だから「ほしいものが、ほしい。」となるんですね。これは糸井重里さんが1991年に作った西武百貨店のコピーですが。

「ウェブサイトの編集長になったらどうする?」とよく聞かれますが、同じ編集長…と言っても、まったく違う仕事だから比べられないと思います。今のカタチのウェブでBRUTUSの特集を表現するのは無理でしょう。ウェブでは最初から順番には眺めてもらえない。情報が分断されて、ちぎれちぎれに楽しむようになっている。BRUTUSをうまく載せる“ビークル”は今のところ、ウェブにはありません。

ウェブ自体は好きです。90年代にコンピュータとネットの特集を3つ作ったくらい好きなんです。雑誌とネットという大好きなもの同士が今せめぎあってるから、不思議な気分です。今考えていることは、1冊でも多く紙で出したいということです。ウェブを否定はしないけれど、お金を出して雑誌を買うという行為と、無料でウェブを見る行為は違うと思っています。「優劣」じゃなくて、「種類」が違う。僕らがやっているのは「立ち読みされた上で、630円で買ってもらう」というビジネスだと思っています。

あと、ネットに関して言えば、例えばラジオの「radiko」は放送じゃなくて、通信です。だから僕はラジオ好きとして、あれには反対してたんです。radikoは7局から選んで聞ける。でも、同じパソコンのiTunesの中に、「きょく」という字は違うけれど、音楽が2万曲も入ってたりする。だから、ラジオが、わざわざその枠で勝負に入った時点で不利な勝負なんです。ウェブの世界に入っていく意味は実感として、ない。今のところは…ですけれど。

なんでもフラットに並べられてしまう、ウェブのアーカイブ性は雑誌づくりには向いていません。電子書籍の会社がBRUTUSのコンテンツが欲しいと訪ねて来たとき、僕は「いまの号は半額でいいから、過去の号は1500円にしてくれ」と言いました。過去の号が検索に引っかかって売れても嬉しくありません。でもいまのBRUTUSは300円でもいいから読んでほしい。なぜこの特集を「いま」やるのか、その理由付けをすごく大事にしているんです。これは、わざわざ外部には言ってないことなんですけれど。

「好奇心を人任せにしてはいけない」

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最後に、編集者として大事にしているもの皆さんに伝えるために、詩を朗読したいと思います。これは、昔の教科書に載っていた詩です。

ムカウノヤマニノボッタラ
ヤマノムコウハ ムラダッタ
タンボノツヅク ムラダッタ

ツヅクタンボノソノサキハ
ヒロイヒロイウミダッタ

(略)

僕はこの詩の作者として12~13歳の少年を想像します。この少年は、ググったんじゃなくて、自分の目で「山の向こう」を見に行ったのです。「らしい」とか、「だそうだ」じゃなくて、ちゃんと自分の目で見たんです。田んぼの続く村をこの目で見にいったんです。その向こうに海があって、白帆があって。でもこの日はそこで諦めて、日常に戻るんです。

好奇心を人に任せてはいけません。自分自身で経験してそれをカラダに入れてほしい。自分が見たことがないものを追い求めて、汗をかいて、怪我してまで戻ってきて、またその次を考える、それが編集の仕事なのだと思います。

皆さんも、自分なりの「ヤマノムコウ」を探してほしい。自分の目でちゃんと山の向こうを見てくるようにがんばりましょう。ということでぼくの話は締めです。

第3回テーマ:「説明がうまければ80点の編集はできる、とブルータスは語る。」

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第3回の編集キュレーターアカデミーの開催が決定いたしました。

今回のアカデミーのテーマは、「説明がうまければ80点の編集はできる、とブルータスは語る。」です。聞き手は東京編集キュレーターズ幹事の田端信太郎氏、ゲストスピーカーとしてBRUTUS編集長の西田善太氏をお招きします。

またプレイベントとして、「NAVERまとめ編集コンペ」の授賞式も開催する予定です。どうぞご期待くださいませ。

イベント概要

  • テーマ:「説明がうまければ80点の編集はできる、とブルータスは語る。」
  • スピーカー:西田善太・田端信太郎 
  • 開催日時:2012年12月18日(火)19:00~22:00 (18:30開場)
  • 場所:本屋B&B(世田谷区北沢2-12-4 第2マツヤビル2F)
  • 入場料:1,000円(1ドリンクチケット込み)
  • 応募締め切り:2012年12月10日
応募は終了いたしました
※応募者多数の場合は抽選とさせていただきます。当選の案内は改めてメールでご連絡させていただきます。
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講師紹介

西田善太氏

西田善太

にしだぜんた

BRUTUS編集長。
1963年生まれ。1987年早稲田大学卒業。株式会社博報堂入社後、コピーライター職として、自動車、酒類、電機メーカーなどを担当。1991年マガジンハウス入社。ブルータス編集部を経て、女性誌「ギンザ」「カーサ ブルータス」創刊に関わり、カーサ ブルータスでは建築・デザインを担当、「安藤忠雄×旅」「住宅案内」シリーズなどを生み出す。2007年よりブルータス編集長就任後、「居住空間学」シリーズ、人モノ深追い「桑田佳祐」「井上雄彦」「吉本隆明」「糸井重里」「三谷幸喜」、さらに「みんなの農業」「ラジオ好きなもので」「猫のこと」「仏像」「真似のできない仕事術」など次々と新しいテーマを発見、独自の切り口でライフスタイル提案を続ける。

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田端信太郎

たばた しんたろう

1975年10月25日生まれ。石川県出身
NTTデータを経てリクルートへ。フリーマガジン「R25」を立ち上げ、R25創刊後は広告営業の責任者を務める。その後、ライブドアに入社し、livedoorニュースを統括。ライブドア事件後には執行役員メディア事業部長に就任し経営再生をリード。さらに新規メディアとして、BLOGOSなどを立ち上げる。2010年春からコンデナスト・デジタルへ。VOGUE、GQ JAPAN、WIREDなどのWebサイトとデジタルマガジンの収益化を推進。2012年6月 NHN Japan株式会社 執行役員広告事業グループ長に就任。livedoor、NAVERまとめ、LINEなどの広告営業を担当。