ナタリーがニッチ分野で成長し続ける理由、唐木元さんに全部聞きました。

01
――このタイトルそのものが今日話すことのレジュメになっています
田端 ホスト役をやらせてもらってるLINE株式会社の田端信太郎です。第5回となる本日は、コミックナタリー編集長の唐木元さんをお招きしています。唐木さんとは学生時代からの付き合いになるんですが、今日は思い出話は封印して、なるべく皆さんにとって実のある話にしようと、さっき打ち合わせしてたところです(笑)。
唐木 はい、唐木元と申します。ナタリーというニュースサイトを運営している会社で取締役というのをやってるんですが、自分では一応、職能としては編集者だと思っています。ナタリーには音楽・マンガ・お笑いの3ジャンルと、物販をやってるナタリーストアというのがあって、コミックナタリーとナタリーストアっていうのが僕の担当です。

それで今回、田端さんから依頼をもらったんですが、最初はお断りするつもりでいたんです。第一に僕はそんな、人様の前でお金をもらうような大した話はできませんよ、と。もうひとつにはこの講座、前の4回が菅付さんとか佐渡島さんとか、BRUTUSの西田編集長とか、絢爛たる名編集者揃いで、僕みたい小物がしゃしゃり出たらお笑い草じゃないですか。
田端 いやいやご謙遜を。
唐木 うるさいよ(笑)。ただそしたら、観客はほとんどがメディア制作に従事する同業者で、しかも若者だっておっしゃるわけです。これから何かやろうって野心に満ちた若い同業者が聞きに来るんだと。そう言われたらこれは、うん、受けることにしました。それは自分が若い頃に、いろんな先輩にたっくさん世話になりましたので、恩返しというか、バトンを渡していかなきゃいけないのかなと。だから今日はメディアに携わる若い人に、少しでも役に立てる何かを話せたらと思ってます。
田端 じゃあウォーミングアップに、どういう思いでこのタイトルにされたのか、という話から行きましょうか。
唐木 そうですね。タイトルは「ニッチなニュースサイトを軌道に乗せた、ファン目線の編集思想」ということにしました。「軌道に乗せた」ってところが鼻に付くね(笑)。なんでこうしたかって理由をお話しますと、このタイトルそのものが今日話すことのレジュメになっています。まず僕らが扱ってるマンガや音楽、お笑いのサイトというのはニッチなメディアなんですね。だから「ニッチ」って何だろうって話をまずして、次いで「ニュースサイト」って何だ、何やってんだって話をします。

それでコミックナタリーは5年目、ナタリーは7年目かな、一応潰さないで来れましたので、そのことを「軌道に乗せた」って言ったつもりなんだけど、まあその潰れずに済んだ理由みたいのを考えてみたいな、と。それから「ファン目線」。これが僕の中ではキモになってる言葉で、編集思想のコアでもあるんだけど、その話をしたいと思います。あとは時間的に辿り着けるかわかんないけど、「編集って何だろう」みたいなところまで行けたらいいなと思っています。
――29で初めての就職をしました。そのときの上司が田端さん
田端 あとそうだ、唐木さんがどんなことやってきたのかっていうのを、最初にちょっとだけ話してもらえると。
唐木 来歴を簡単に話すと、学生時代にバイトでライター仕事をもらい始めて、就職せずにそのまま29歳までフリーライターとして過ごしました。ほんとに今の人には申し訳ないんだけど、出版業界はまだ景気が良くて、フリーでもけっこう食えたんですよ。仕事もいっぱいあって、いっぱい書いた。
田端 会場にライターの人います? いまフリーライターだっていう人(会場挙手)。何人かいらっしゃいますね。
唐木 (前列で挙手した参加者に)雑誌ですか?
参加者 雑誌、だったんですが、書いてた雑誌ほぼ潰れちゃって…。
唐木 ほら世知辛い話になった(笑)。話逸れるけど、その時代を生きてみてわかったのは、不況は段階的にやってくるってことですね。バブル崩壊は91年と言われてるけど、そんなの株屋と地上げ屋だけで、世の中フワフワしてたじゃない。しばらくしたら製造業が沈んできて、小売りもダメになってきて、でもエンタメはまだイケイケだった。ようやくCD不況が始まって、次が出版不況かな? 出版の中でもまず小説が沈んで、雑誌が沈んで、次マンガ、という…。それで僕はその頃にお誘いをいただきまして、29で初めての就職をしました。ライブドアっていう会社です。そのときの上司が田端さん。
田端 上司っていう認識まったくないなー(笑)。
唐木 まあ、チームというか。
田端 2年もいなかったですよね。
唐木 2年いなかったね。いわゆるライブドア事件が起きて、僕がいた出版部門が消滅状態になっちゃったんです。それで弱ったなーって思ってたら、幻冬舎の方が「おいでよ」って言ってくださって、それで幻冬舎に移りました。ただ幻冬舎ではうまく働けなくて、半年ちょっとで逃げるように辞めて。次に岸田一郎さんって人がおりまして。
田端 LEONの。「ちょいワルおやじ」で有名な編集者だよね。
唐木 そう。岸田さんが新しい雑誌立ち上げるから人探してるって言うんで紹介されて行きました。そのZinoという編集部で1年半、ここではほんと勉強させてもらった。
田端 ライフスタイルというかおしゃれな感じで。めちゃくちゃ高い時計とか、靴とかばっかり載ってるような。
唐木 ラグジュアリー路線ね。ちょうどその頃、いまの音楽ナタリーに誘われてたんだけど、そのときは断ったんですよ。でも半年くらい経ったある日、マンガ版のナタリーやったらいいんじゃないかと思い付いてしまって辞表を出して、コミックナタリーというのを立ち上げるって言ってナターシャに加わったんです。
――ニッチとは、教室に1人か2人しかいないジャンルのこと
田端 そのとき出資もするって聞いたときに、「正直やめとけ」と言ったね。
唐木 そうそう。田端さんに相談したんです。そしたらすごい苦い顔して(笑)。「あなたはマンガとか音楽とか好きかもしれないけど、そんなことは商売になんないよ」って。
田端 そう言ってバカにしたわけですよ、正直言うと。どうせ2、3年しか続かないんだろうなあって思ってたら、こうやって今日、もう6、7年…。お見それいたしました。
唐木 いえいえ。じゃあ今日は皆さんに質問を事前に書いてもらいましたので、その質問に答えていく形で進めます。ひとつめ読み上げますね。「ブレイクスルーした瞬間はいつですか?」。
田端 これ、どなたでしょう。(挙手を見て)あー、ありがとうございます。
唐木 ありがとうございます。ブレイクスルーは、してない。してないし、これからもしないと思ってます。それは田端さんの商売と較べてみればわかる。LINEね。LINEとか、パズドラでもいいけど、ああいうサービスはユーザー数なりPVなりがこう、グラフ見たことあるでしょう? グワーって2次曲線で増加する時期があるんですよ。ああいうのをブレイクスルーと言うんです。
田端 さっき楽屋でナタリーのここ7年間のPVの推移グラフを見せてもらったんだけど、すごいね、ある意味。
唐木 ある意味(笑)。というのは1次曲線、完全に直線ってことです。ただダラーっと微増が、一定の割合で続いてる。へこみもないけど、急増もない。だからブレイク感なんてない。ずっとジワーっとやってきたんです。なぜか。理由はニッチなジャンルだからですよ。LINEやfacebookみたいなコミュニケーション、メディアで言えば芸能とスポーツ、付け加えるならギャンブルとお色気。これは国民的なパイがあるから、2次曲線を描くような成長ができるジャンルなんです。notニッチなの。
田端 音楽はニッチじゃないんじゃない?
唐木 いやー、みんな中学校の教室を思い浮かべてほしいんだけど、たしかに光GENJIやおニャン子の話はみんなしてたよ、芸能だから。でもギター持ってきて練習してたのはたぶん1人か2人でしょ。休み時間にマンガ読んでる子だって教室に1人か2人。昼休みに小説読んで過ごしてた子も1人か2人だよ。そういう教室に1人か2人しかいないジャンルっていうのはニッチだし、僕らはその子に語りかけるメディアだから。ゆえにニッチなジャンルは放物線を描けない。だから大きな資本が手を出さないんです。商売になりづらいから。
02
――ナタリーって社員が何人ぐらいいらっしゃるかご存知ですか
田端 ほんとにそうなのかなー。たとえばクラスに1人っていうと35人に1人だから、世の中の3パーセントですよね。いまネットユーザーってどれくらい? 8000万人くらいですか? とすると3パーセントで200万から300万人ぐらい。ユニークユーザーとしてはそれぐらいが目処ということ?
唐木 いい読みだなあ(笑)。実際のところを言うとコミックのUUが200万、音楽が350万とか。まあ定住民はその1割以下だと思いますが。
田端 それ以上の規模へ行こうとしたら、薄めざるをえない?
唐木 薄めるっていうか、まずはそのニッチでトップになって、仮に客が300万人いるならその300万人をこぼさず取れるようになること。そこからまだ大きくなろうとすると、芸能かお色気やるしかなくなるから、それは大資本の人たちに任せておいて、ジャンルを増やしていくことにしてます。ニッチな低い山でも、連峰にしたら存在感が出るかなと思って。
田端 大きな資本っていうのは、例えばどういうところを言ってるんですか?
唐木 テレビ局とか新聞社とかスポーツ新聞とか大手出版社。ああいうレガシーと同じやり方してもコケるだけだから。
田端 そうだ、ナタリーって社員が何人ぐらいいらっしゃるかご存知ですか。30人越えてると思う人?(挙手数名) 30人以下だと思う人?(大半が挙手) ほとんどが30人未満だと。
唐木 ああー。堀江(貴文)さんがどこかのインタビューで、ナタリーは1人で作っててよくやってるねって言ってくださったらしいんです。ほんとにすいません。今45人いるの(会場笑)。
田端 これ、四文字熟語で言うとなんて言うかわかりますか? 労・働・集・約!
唐木 労働集約型産業だねー。
田端 45人の内訳は? あと社員の平均年齢と男女比も。
唐木 半分以上が記者で、あと編集というかデスクがいて、デザイナーがいてプログラマーがいて、営業がいて、あとバイトちゃん。男女比は半々か女性がちょっと多いかもしれない。平均年齢は31くらいだと思う。
田端 離職率っていかがですか? これまた偏見ですが、若い奴を安月給でこき使って、どこぞの居酒屋みたいに2年ぐらいで人を入れ替えて回してると思ってたんですけど(笑)。
唐木 正確には算出してないけど、僕が今まで勤めてきた会社の中ではいちばんいいと思う。
田端 それは君のいままで勤めてきた会社が…。
唐木 コラコラ(笑)。まあ、あんまり言うといやらしくなっちゃうけど定着率はいいよ。たださっきおっしゃられたようにブラックなんじゃないかって見られてしまうのもわかるし、実際、労働時間は長い。「ライブまた見れるわ〜」とか言って取材をハシゴしてさ、移動の新幹線で原稿書いてたり。僕だって取材の下準備にマンガ読んでたら平気で朝になってる。それがブラックなのか、つまり業務時間なのかは難しいところで。
田端 好きを仕事にするってやつですか?
唐木 そうだね…。でもそれはいま気を付けている所なんです。もうちょっと大人っぽい会社運営をしないと擦り減っちゃうというか、焼き切れちゃうからね。面白いから放っておくとずっと仕事しちゃうんだよ。まあマンガ読んでるわけだから、ずっと仕事してないとも言うけど。
――お金で買える部分と買えない部分を、切り分けて持っておく
唐木 そろそろ次行きましょう。「収入はどうやって得てますか?」。収入源は簡単。広告と記事配信の2つです。記事配信っていうのは、他社に記事を販売してるの。いろんなサイトでナタリーの記事を見ることがあると思うんだけど、あれは幾ばくかで買ってもらってるんです。
田端 インカムのうちの比率はどのくらいですか。
唐木 昔は広告と記事配信が半々くらいでした。いまはおかげさまで広告が伸びていて、8:2とかになってきました。広告の商品は2つ。バナーとタイアップ記事。バナーはもうご存知の通りで、皆さんの方が詳しいと思う。タイアップも、雑誌をやってる人はよくわかってると思います。だから別に特殊な商品を売ってるというわけじゃないということです。
田端 バナーっていうのはアドセンスとかネットワーク広告の部分も言ってます?
唐木 空き枠にはネットワーク広告入れてるけど、でも純広に較べれば入ってくる額は微々たるもんだね。うちの子たち(ユーザー)は余程じゃないとネットワーク広告は押してくれないから…。
田端 そうなんですか。僕なんかはそこらへんもっと何とかできそうだろ、と思ってしまうんですが。社内に広告営業がいるんですよね? 皆さんこれ、結構意外じゃないですか。これまたごめんなさいだけど、僕は「え、いるんだ?」みたいに思った。広告営業って言葉とナタリーのイメージがあんまりマッチしないというか。
唐木 いやいや、彼らがいないと会社回らないもん。すごいよくやってくれてるよ。いま2人いて、こないだ採用したから来月4人になる。当たり前だけど、お金を稼がないと会社はサステイナブルに回していけないんですよ。いくら好きなことやっててもみんなで食い詰めるのは嫌だからさ、なんとかニッチなメディアでもお金を稼いで、みんなに人並みの給料は出したい、出し続けたいと思ってる。別にロールス乗ってヒルズに住まなくてもいいからさ(笑)、潰さないためにどうしたらいいかっていうのはいつも真剣に考えてます。
田端 別にロールス乗ってるなんて誰も思ってないよ(笑)。
唐木 ビーサン短パンだもんね…。さて、ここからが大事な話になりますが、さっき言った特集記事、これは商品です。で、ナタリーにはニュース記事と特集記事っていう2種類のコンテンツがある。ニュース記事は、商品じゃないんです。掲載にお金は1円もかかりません。昔、とある雑誌の編集長の人が「ナタリーにニュース記事を出してもらうには1本いくらかかる」っていう発言をTwitterでしたことがあって、これは事実と異なるからわざわざ抗議して撤回してもらったんです。繰り返すけどニュースの掲載はタダ。それは言い換えると「買えない」ってことです。
田端 値札の付いてないものは買えない。
唐木 そう。だから、たとえば100万払うからこのニュースを記事にしてください、と言われても受けられないものは受けられない。ニュース記事では編集部の主体性、つまり編集権をしっかり確保しておく。繰り返すけど、ひとつのメディアの中に、お金で買える部分と、お金では買えない部分を切り分けて持っているということ。実はこれ、ファッション誌の世界を覗き見たときに勉強したことなんです。ファッション誌はグラビアを絶対に売らないでしょう?
03
――媒体資料には絶対書かれていない、でも実在する力学
田端 (手近にあったファッション誌を開いて見せて)この巻頭にある写真の記事、これがいま唐木さんがグラビアって呼んでた記事です。毎号テーマを掲げて、その雑誌の打ち出し、大げさに言えば思想を見せるパートね。そのあとに特集って呼ばれてる部分がいくつかあって、そのあと、これがタイアップ記事です。ちょっと特集記事と見かけが似てますよね。でもこれは広告なんです。
唐木 タイアップ記事でモデルさんが着てるお洋服は、広告主の会社の製品。つまりモデルに着せる服の選択権を買える、というのがタイアップの意義です。これ、だからタイアップ記事はつまんないって話じゃないですよ。タイアップを面白い記事にするためにどこも心を砕いてるし、どれも読んだら面白いようには作ってる。ただ選択権を商品化しているということです。一方グラビアは編集者とスタイリストが二人三脚で作るんだけど、どこの服を着せるのかっていうのは、こればかりは買えないんですよ。お金の積みようがない。なにしろ値札が付いてませんから。
田端 わかる。たださー、そのとおりなんだけど、それは綺麗ごとっていうか…。僕もコンデナストにいたからわかりますけど、そうなんだけどそれだけじゃないっていう。
唐木 うん、いまからその話をします。田端さんが言ってるのは、つまり純広やタイアップでお金をたくさん落としてくれたブランドがあるとするでしょ? そうすると、こう、編集者に有形無形のプレッシャーが降り掛かってくるんですよ。「あそこ毎号入れてくれてるからひとつは使わなきゃな」みたいな。そして広告主も、その効果を見越して広告を入れてくれる節もあって。というか、大いにあって。
田端 おっしゃる通りです。ブランドの人は、そのファッション誌の16ページなら16ページのグラビアの中で、どことどこのブランドのバッグが使われたのか、うちのバッグは何ページ目にどれくらいの大きさで露出してるのか、ということを事細かくチェックしていて、扱いが小さかったりするとさ、そのブランド担当の広告営業が呼び出されるわけ。行くと、嫌味をネチネチ言われるわけです。「おたくにいくら落としてるのになんでどこどこより扱いが小さいんだ」とかって。そうすると広告営業が言われて戻ってきて、編集長に「ちょっと怒られたんですよね。もう少し空気読んでスタイリングしてもらえると……」みたいな感じでゴニョゴニョっと言う、というのが現実にはある。
唐木 それは媒体資料のどこにも書かれていない。広告メニューには絶対書かれない、でも実在する力学なの。で、これを裏打ちしているのは、結局は媒体力なんですよ。媒体力がなければ、この力学は成り立たない。媒体力とはつまり、第1には部数、ネットならPVないしUU。たくさんの人に支持されていて影響力があるという実績ね。そして自分のブランドの洋服がそこに載っていてほしいって思われるような、魅力的なメディアであること。誌面に載ったことをライバルに自慢したくなるような、そういう魅力ある媒体じゃないと成立しない。
田端 ここでミソなのは、「年間で何ページ広告を入れてくれたら必ず何回は使います」とか、そういうふうに明文化しちゃ台無しってことなんですよ。そこをなんとも言えない「あうんの呼吸」で。
唐木 そうだね。仮に「貢いでくれたら10万円につき1回寝てあげるわ」って宣言している女性がいたら、盛り上がらないでしょう。けどなんか魅力的で、この人に何かしてあげたら、ひょっとしたら何か起きるかもしれない、っていう雰囲気をまとった女性にはさ、100万でも突っ込んでしまうんじゃないかな。
田端 わかったぞ、風俗とキャバクラの違いですね。
唐木 そこなんですよ(会場笑)。
田端 メディアの経営者はそこに決定的な違いがあることを理解して、売れっ子キャバ嬢として振舞わないといけない。もちろんそれに見合った美貌や魅力も身につけてなければいけないんだと。ためになるなあ。
――「速い」「フラット」「ファン目線」の3つで「ナタリー的」
唐木 はい、しょうもない話になったところで収益源の話を終わりまして、次は「編集ポリシーはありますか?」っていう質問。これ社外の人に話すのは初めてかもしれない。社員が20人くらいまでは、何も言わなくてもポリシーなんて共有できていたんですよ。でももう、4、50人になると明文化して伝えていかなきゃ無理な気がしてきています。「ナタリー的」って何だろうってことを。
田端 「ナタリー的」っていうのは、つまり音楽もお笑いもコミックも、分野を超えて持っているテイストってことね?
唐木 そうです。まあもったいぶってもしょうがないので言いますね。「速い」「フラット」「ファン目線」の3つです。順番に説明していきましょう。「速い」はそのまま、ネットならではの速報性。雑誌は1週間とか1カ月、新聞だって入稿して何時間かは待たないと世に出ないけど、ネットは今すぐ出せる。だからそこ武器にして戦っていこうっていうのがひとつ。

象徴的だったのは、Perfumeの公式サイトが0時に更新されたら、0時2分にはうちがニュースとして出したという。それで「気持ち悪い」「キモい」ってよく言われてたんだけど、それは僕らにとって褒め言葉なんです。あと、いまどきだとTwitterでマンガ家さんが「来年のイラスト集に向けてカラー描いてます」とかって言うでしょ。そういうのをストックしておくの。年が変わるくらいになったら担当の編集の方に「××先生、イラスト集出されるんですよね」って言うと「なんで知ってるんですか、どこにも情報出してないのに」ってことになる。
田端 だからストーカーとかって言われるわけですね。
唐木 そう、ストーカーみたいなもん。それは僕らだけじゃなくて、ちょっと詳しいファンはみんなやってることです。それで「速い」の次が「フラット」。フラットっていうのはもうちょっと細かく言うと、公平性と客観性と網羅性って言葉で説明しています。

公平性っていうのはどっかに肩入れしないってこと。ナタリーは例えば、専門誌がよくやるような今月のオススメみたいのを持っていません。これは明確に「打ち出さない」ことを打ち出している(笑)。一般的に編集者やライターになりたい人って、自分の好きな物事を世の中に発信したい、っていう欲望を持ってる人が多いんだろうけど、そういう人はナタリーには合わないでしょうね。
田端 名指しすると、ROCKIN' ON的ではないと。
唐木 そう。だからロキノンは敵じゃないんですよ、やってることが違うから大げさにいえば別の業種だと思っています。
田端 敵はもっと他にいる?
唐木 そうね(笑)。次はなんだっけ、客観性か。客観性っていうのはジャッジをしない、レビューをしないってことです。主観を入れないっていうこと。レビューや感想文は読者の皆さんがブログやSNSでやればいい、そのときのソースにナタリーを貼って使ってくれれば本望、ということです。あとこういうメディアって、ほっとくと薦めてばっかりのテレビショッピングみたいになりがちなんだけど、それも我慢する。
04
――「このサイトは味方なんだ」っていう幻想を持ってくれる
田端 あと聞き慣れない言葉が、網羅性。
唐木 網羅性っていうのは、どんなネタも選り好みしないでなるべく全部やる、書けるリソースの限りたくさん取り扱うということです。雑誌と違ってウェブには誌面の制約がないし、ホニャララ系は媒体のカラーじゃないから取り扱いません、とか、そういうことは言わない。
田端 ジャンル性がないということは、AKBも演歌もなんでもありなんですか?
唐木 実際、小林旭もコロッケもやってます。これ実は、僕はナタリーに入った6年前はよくわからなかったんです。その頃Perfumeはポリリズム前夜でブレイクの予感がすごかった。だからアイドルはPerfume推しで行こう、ナタリーは4つ打ち×アイドルってムーブメントを後押ししますって打ち出せば絶対支持が得られる、って言ったんだけど、社長の大山に「そのやり方は古いよ。20世紀的だ」って言われたんです。これが大山から教わったことのひとつですね。

そのときはよくわからず、渋々従ったの。それが1年半くらい経ったある日、意味がわかった。知り合った人にナタリーの話を聞いて回ってると、X Japanが好きな人は「ナタリーってXすごい力入れてますよね」って言うの。V系が好きな人は「ナタリーってV系に手厚い」って言ってくれるし、ギターロックが好きな人は「ナタリーって下北だからギターロックに強い」って言ってくれた。これ実は全部幻想なんですよ。実際にはどこにも肩入れしてない。ただ数をたくさん出してるだけなんです。他のニュースサイトが1日10本から15本記事を出すところ、いまナタリーは1日50本出してる。そうすると人は自分の好きなことしか目に入らないから、「ああ、このサイトは自分の好きなジャンルを手厚くやってくれてる、味方なんだ」っていうふうに幻想を持ってくれるの。
田端 紙の雑誌のモデルで言うと、100ページあるとして、そのうち何ページをどこに割り振るかっていう、集中と選択みたいな問題があるんだけど、ネットの場合は誌面の制約がないから、比率もない。そして読者がサイトの隅々まで見るってことは現実にはあり得ないですから、自分が好きなものだけ目に入って、そこが自分の期待値さえ超えてれば詳しいと思われるみたいなところがある。そのしきい値をジャンルごとの絶対量が超えてるかってところを網羅性って呼んでるわけですね。
唐木 そのとおりです。
田端 ちなみに編集長として、スタッフに対して1人1日何本ぐらい書けみたいな期待値ってあるんですか。
唐木 うーん、取材ばかりの日とか特集記事の負担とかあるからバラバラですね。ただチームとしての総量はあります。コミックなら25本書けたらまあいいかな。
田端 1人5、6本? いま会場から「すげえ」っていう声が今あがりましたけど。
唐木 すごくないよ、簡単な記事なら慣れれば15分で書けます。あと裏取りと画像の使用許諾で連絡して15分。レポとかは2時間くらいかかるけど。
――「ファン目線」の反対、対義語は「業界目線」
参加者 担当の割り振りはあるんですか?
唐木 担当は、コミックなら出版社で割ってます。音楽はレコード会社で割ってる。これは意図があって、最初のうちは「あなたは少女マンガ担当」「あなたは青年マンガ」とやってた。でもそれだと、さっき言ったフラット性がだんだん崩れてきちゃうんです。つまり自分の好きな物ばっかり肩入れして、詳しくなるのはいいんだけど、どんどん趣味が閉じてきちゃう。それで、好きじゃないものも扱う仕組みに変えた。もちろんある程度はあるよ、ヒップホップなら誰が詳しいから頼もう、みたいのは。
田端 そういう、個人の嗜好を入れないって方向を目指すなら、究極的にはロボットが記事を起こしたほうがナタリーっぽくなるんじゃないですか。もうすでに金融ニュースの世界ではそういうクロールロボットが稼動してるって聞きますけど。
唐木 ブルームバーグだっけ。その話はあとでしましょう。えーと、速い、フラット、ファン目線でしたね。よし、きょうの講義のタイトルにも入れた「ファン目線」まで来ました。これについての質問がいちばん多かったですね。「ファン目線って何ですか?」って質問をくれた人ー(会場挙手)。
田端 「ファン目線なんてお題目だけで、実際には無理でしょう」っていう質問をくれた人もいました。
唐木 僕はそんなことないと思っています。じゃあファン目線って何だろうっていうのを考えていきたいのですが、ひとつの補助線として、ファン目線の反対、対義語って何なんだか考えてみましょうか。思いついた人ー?
参加者 公平なプロ?
唐木 公平なプロ。ちょっと難解だね。せっかくホニャララ目線って便利な言葉だから、そのホニャの部分で考えてみましょうか。
参加者 じゃあ、プロ目線。
唐木 そうですね、いいと思います。僕がファン目線の反対って何だろうと聞かれたら、業界目線、って答えています。ファンの論理、ファンの欲望に対して、業界の論理、業界の欲望っていうのが対義語だと思ってるんですよ。たとえばこういう仕事をしていれば、おのずとレコード会社や出版社やお笑い事務所の人たちと、たくさんの付き合いが山積みになってきて、そうすると貸し借りも生まれるし、恩義も湧くから、それが日々の仕事の中に入ってきちゃうんですよ。でもそこに引っ張られすぎないでファンの論理に寄り添うようにする。それがファン目線ってことかなって思ってます。
05
――消費者の欲望に沿って語る。言葉にすると普通だね(笑)
田端 具体的に言うと、じゃあある会社の偉い人が「唐木さん、ぜひ食事に」って言ってきたら、そういうのは断るんですか?
唐木 メシくらいは行くよ。行くけど、やばそうになったら、辞退する。具体的には、頼み事をされた直後にお姉ちゃんのいる店に行こうってなったら、これはもう行ったら断れなくなるから。
田端 それは健全なバランス感覚ですね。下北の中華だったら行く?
唐木 それなら僕がごちそうします(笑)。ちょっと脱線するけど、うち会社の客間にある、「童貞」ってでっかい文字が書いてある絵、見たことあった? 大好きなイラストレーターの人に描いてもらったんだけど、童貞で半泣きで焦ってる子の、巨大な絵が壁にかかっているんです。たまにギラギラした感じの人とか山師っぽい人とか来たりもするんだけど、ラウンジに通されてその絵見ると、「ああ、ダメだわこいつら」って勝手に諦めて帰ってくれるよ。
田端 その絵を見るとみんな帰ってくの? 財務的には優良ベンチャーなのに。
唐木 帰ってくれる。魔よけみたいなもんだよ(笑)。
田端 でも僕思ってるのは、会社が大きくなってオフィスも何度も引っ越してるのに、下北から出て行かないっていうのは、そういうイズムがあるからかもしれないな、と。
唐木 うーん、そこまで狙ってはいないけど、単純に表参道じゃビーサンで出勤できないでしょう。今年っぽい服を着なきゃいけない気もする。そういうの僕らは無理だから…。ちょっと話ズレちゃったけど、業界目線に絡めとられないように、ってことが大事、と。あとそうだ、もうひとつ、業界目線に似た話で「メディアの都合」っていうのがあって、この話題ってメディアの人間はほとんど触れないから、ここでしゃべっておこうかと思ってるんだけど。
田端 メディアの都合って具体的にはどういうことですか?
唐木 メディアは他のメディアのことを取り上げない、みたいな不文律。これはプライドの一種なのかな、暗黙の了解みたいなものがある。もしくは、あった。最近は民放であまちゃんの特集をやったり、ずいぶん変わってきてはいるみたいだけど、基本的にはある雑誌Aに、他の雑誌Bを紹介する記事は載らないんです。去年BRUTUSが「文芸誌特集」っていうのをやって画期的だとニュースになりましたけど、つまりそれくらい珍しいということです。

でも、ファンにとってはそんなの関係ないじゃない。たとえばカヒミ・カリィが今月の婦人公論に出ています、というニュースは、カヒミのファンなら逃さず知りたいことですよ。もしくは「ほぼ日」に羽海野チカさんが出ている、これもファンなら知りたい情報。だからナタリーではニュースとして取り上げるんです。いちばん象徴的なのは「明日のテレフォンショッキングに誰々が出ます」ってニュース。これ昔はどこもやってなかったんですよ。「そんなもんニュースじゃないだろ」ってことにされていた。でもファンなら明日のテレフォンショッキング久保ミツロウか、見なきゃ! って思うじゃない。だから記事にしてみたら、すごい拡散される人気記事になった。それは一応、ファン目線で切り開いた領域かなって思っています。
田端 あくまでもファンの人たちに向けてお役立ち情報をお届けする、みたいな、すごいベーシックな話ですよね。
唐木 そう、消費者の欲望に沿って語る。言葉にすると普通だね(笑)。
――鉱夫より研磨師、研磨師よりジュエリーデザイナーのギャラが高い
唐木 それと、編集のポリシーとは少し違うかもしれないけどもうひとつ、ナタリーはなるべくアウトソーシングをしないようにしています。さっき社員が45人いるって言ったのはそういう理由なんだけど、世間ではデザイナーもプログラマーもライターも、いまどき全部アウトソーシングでしょう?
田端 普通はね。僕も話を聞いて、ライターさんには失礼だけど、何でいまどきライターを社員で雇わないといけないんだと思った。「フリーに発注したらええやろ」って。
唐木 そうね。僕もこないだ、同じくらいの売上高の社長さんに、「唐木さん、この会社3人でやれますね」って言われちゃった。「は、社員40人もいるんですか? 僕なら3人でやります。社長と営業と経理、あと全部フリーランスで業務委託でしょう」って。たぶんそれが短期的には利潤を最大化するし、効率的な正しい経営だと思う。思うんだけど、でも僕らはそれをやりません。

うちは社員の半分以上がライターだから、いまどき希少種なライターズカンパニーともいえるんです。でもそのことはすごく大切で、さっき言ったイズムであるとか空気感とかは、同じ釜の飯を、同じ空間で食べ続けることによって醸成される要素が大きいと思います。やっぱり「今週のマガジン読んだ?」とか、「ふくろうずライブ超よかったー」とか、そういういう事をキャッキャと言い合ってるのが、最終的には媒体力に繋がると信じているから。
田端 GoogleとかFacebookがプログラマーが中心だ、みたいなのと同じ意味において、ナタリーはライターが中心。そんな会社あんまないと思うけど。
唐木 なくはないけど、減ったね。あとさっき田端さんも言ってたけど、ライターってフリーだと使い捨てみたいに思われてたりさ、基本的に世間でのライターの扱いって悪いと思うんだ。
田端 いま「うんうん」ってすごくうなずいてる人いますよ。
唐木 例えばライターを無作為に100人、編集者も100人集めて平均所得を出したら断然、編集者のほうが高くなる。現実としては。これって何に似てるかと考えたとき、ダイヤモンド鉱夫と研磨師の関係に似てるのかなーって思い付いたんだけど、どうだろう? 研磨師は鉱夫がダイヤモンドを採掘してきてくれないと何一つできない存在だよね。だけど実際のところは、鉱夫より研磨師のほうがだいぶギャラが高いという。
田端 編集者は研磨師みたいな存在なんですね。
唐木 そう。だから編集者は、ライターがダイヤを取ってきてくれなきゃ仕事にならないんだってことを理解すべきだし、ライターはそれを誇りにすべきなんじゃないかな。編集者は素材を持ってきてくれる下請けの人たち、ライターやイラストレーターやカメラマンを尊敬してなくちゃいけない。
田端 でも意地悪なことを言えば、「お前ここ掘ってこい」って言われて、言われたままに掘ってくるような人足の人は、あんまり付加価値を生み出してないんじゃない? だとしたらギャラが低いのも仕方ないような。
唐木 じゃあ自分で鉱床を当たりつけて掘ってくるような人にならないと、ってことか。なるほど、そうかも…。あともっと言えば、研磨師よりジュエリーデザイナーのほうがギャラが高いんだよね。つまりページを作る人よりさらに、パッケージとして媒体の方向性とかを考えられる人が重宝されるって現実は、ある。
――書籍編集は芸術を取り扱う編集者。雑誌編集は商業を取り扱う編集者
唐木 ああ、ここまで何の説明もなしに編集とか編集者とか言ってたけど、少し補足したほうがいいかもしれないですね。まず職能としての編集者には、ざっくりと「書籍編集」と「雑誌編集」というカテゴリがあると思うんです。書籍編集は芸術を取り扱う編集者。雑誌編集は商業を取り扱う編集者。マンガ編集も芸術を取り扱うカテゴリですね。
田端 これは前回の佐渡島さんも、その前の西田さんもまったく同じことを言っていました。
唐木 西田さんは雑誌編集のオリンピック級。佐渡島さんは書籍編集のオリンピック級。両方とも編集者って肩書きだけど、ほとんど別の職能って言っていいかもしれません。
田端 この講座で伺ったお話を振り返ってみると、佐渡島さんはサポーターというか産婆役なんだな、というのがわかりましたね。生み出すのはあくまでマンガ家とか小説家で。一方西田さんはド真ん中で映画監督みたいなことをやる仕事で、あれが雑誌の編集長なんだな、と。
唐木 映画監督というか現場監督というか。僕も雑誌業界の出身ですので、何の説明もなく「編集」と言ってるときは、雑誌編集としての職能だと思ってください。
田端 話を鉱夫と研磨師に戻しますが、ネットなんかだと、ライターとか編集とかって大した仕事してねーくせになんなの? みたいなこと言われていますよね。
唐木 そんなこと言われてるんだ(笑)。そうだなあ、小説家やマンガ家は芸術家だから、その人自身がダイヤモンドそのものだから価値がわかりやすい。でもライターや編集者は職人だから、まあ言ってみれば一般人なわけですよ。だからかな。
田端 さっき1日最低でも5、6本は書くって言ってたけど、そんなのプレスリリースをコピペして、「てにをは」をちょろっと変えるくらいしか無理じゃないかと思うんですけど、どうですか。
唐木 そういう志の低い人もいると思います。でもそういう人はそれだけの価値しか生み出さないから、そういう人を束ねたメディアっていうのは、それだけのメディアにしかならないと僕は信じてます。
田端 現地取材とか独占インタビューでもない限り、プレスリリースみたいな公開情報を元にしてると、純粋なオリジナリティっていうのはないわけじゃないですか。Aっていうライターと、BっていうライターとCっていうライターがチームにいて、あるいはNaverまとめに職人がいたとして、もちろん微妙にアウトプットが違うかもしれないですけど、そこにオリジナリティなんてあるんですか? どこがどうなったら付加価値があると胸を張って言えるようになるのか。
唐木 答えから言うと、あります。田端さんにはみんな一緒に見えるかもしれない。でも意識されないとしても、読み味の良し悪しや、心に響くかどうか、もしくは言及を触発する力、そういう上手い下手が、厳然としてあります。中でも僕が大事にしてるのは、そこに主眼…社内では主眼って呼んでるんだけど、切り口のほうがわかりやすいかな、切り口を必ず持っていることです。
06
――「主眼」と「骨子」をはっきり持っていることがオリジナリティの条件
参加者 主観を入れるということですか?
唐木 主観じゃないです、「主眼」。これ、広告の世界では「コンセプト」って呼ばれているし、雑誌の世界だと「キモ」とか「テーマ」、日経新聞では「意義付け」って呼ばれているはず。言葉はどれでもいいんですが、書き手なりの目的意識をはっきり持つということです。それによってリリース起こしの記事だったとしても、オリジナリティというのは宿ると思う。
田端 プレスリリースに載ってる情報を満遍なく記事化したんでは切り口になってないと。あえてリリースの中で載せないところも作るってことですよね。言い方変えると、プレスリリースっていうのは影が出ないように、複数のスタンドライトを当てて照らしてると思うんですよ。そこのところを、この会場にもスポットライトがありますけど、ある方向から照らすことで、陰影を付けてあげるということですよね。
唐木 無理に影にする必要もないけど、たとえばABCDって4つの話題から構成されたニュースがあったとして、詳しい人なら「ナタリーはなんでDのことをタイトルに持ってくるかなあ、あいつらバカだなあ」とかって楽しんでくれる。目の付けどころがいいなあってことになるわけ。
田端 まあ言いたいことはわかりました。ただのリライトじゃないんだぞ、と。
唐木 少なくとも自分たちはそうならないように主眼を持ちましょう、と。ライターだけじゃなくて編集者もそうだし、ディレクターの方もそうだと思うんですけど、何か原稿やプロジェクトに取りかかるときは、かならず事前に主眼をはっきりさせてから着手することですね。そして主眼の次に大事なのが「骨子」。
田端 骨子って?
唐木 骨子って、要は構造のこと。構造は「要素」と「順番」と「軽重」からできています。文章だったら「何を話すか」「どれから話すか」そして「どれくらい話すか」。これを書き始める前にはっきりと決めておく。田端さんがさっき言ったオリジナリティを宿らせるためには、主眼と骨子をはっきり持っていることが条件だと思います。なんとなくで書き始めるなってことだね。
田端 もうちょっと深読みすると、メディアは基本的に「何を言うか」っていうことばかり考えがちですけど、どのネタを扱うか、どの話題を書いたかということと同じくらい、どのネタを落としたのか、どの話題には触れなかったのかということに意味がある。たとえばスターバックスは喫煙者の方は来なくていいっていう、ズバッと落とす部分がある。Mac Book AirだったらDVDドライブがついてないとか、そういうズバッと落とした部分にこそ、いちばん思想が現れてたりする。
――アーティスト本人が傷つくようなニュースを、ファンは望まない
唐木 うーん、でもネットは特に物理的なリミットがないからね、やろうと思えば1日100本だって上げられるし、1本3万字だってやれるから、雑誌ほどは取捨選択のシビアさはないと思います。ああ、ただナタリーはゴシップは載せない。それはズバッと落とした部分かも。「なんでナタリーこれやんないんだよ」って思う人いると思うんだけど、基本、ゴシップとバッドニュースは載せない。
田端 それはなぜですか。
唐木 アーティストやマンガ家が喜ばないから。
田端 さっき「ファン目線」って言ってたのに、それおかしくないですか?
唐木 おかしくないよ。「誰々が熱愛発覚お泊まりデート」って記事はファン目線じゃなくてゴシップ目線だから。僕は好きなマンガ家さんに恋人がいたら、騒がれずに愛を育んでいてほしい。もっと言えば、すごく大切に思っているアーティストが流産したとして、そのニュースが大々的に報道されるのを皆さんは望みますか? 僕は望まない。本人が傷つくのが目に見えてるから。
田端 ファンってことね。読者目線とか視聴者目線とかじゃなくファン目線だと。ファンとして悲しくなるようなことは言わないと。ファンクラブの会報みたいですね。ちょっと違う?
唐木 まあ報道の世界の人には「ユルい」って言われるよ。「追求したくならないの?」って。
田端 それって大本営発表というか、「どうせ良いことしか言わないんだろ、お前ら」みたいに認識される危険性がありますよね。
唐木 うん。それでいいです。
田端 それでいいんですか。大政翼賛会でいいと。「褒めまくるぞ、俺は」と。
唐木 褒めるのは主観だからしない。それに、さっき言った「主眼」と「骨子」が入ってれば、必ず大本営発表とは違うものになるから。そこは、うん、けっこう大丈夫だよ。
田端 「読んだけど面白くなかった」とか「聴いたけどイマイチだった」は、載せる?
唐木 それも主観だから載せない。さっき客観性って話したよね。
田端 食べログで「不味い」って書くと怒られるらしいじゃないですか。「私の口には合いませんでした」って書かないと。それと一緒な感じ?
唐木 だから言い方じゃないんだって(笑)。「私の耳に合いませんでした」だとしても主観だから言わない。たとえばミシュランみたく「不味いレストランは載っていません」という打ち出しもひとつの見識だと思う。でもうちはニュースサイトだから、新店がオープンしたなら載せます。美味いか不味いかは関係ないし、言わない。食べた感想を言うのはユーザーのすることだと思ってるから。
田端 俺らはニュースメディアであって、レビューをするのは俺らの仕事ではない。
唐木 その通り。批評は一切しない。
07
――メニューバーに「編集」って書いてあるから押してみてください
田端 ある種のキュレーターというか目利きを期待するなとも言えるわけね。
唐木 目利きには皆さんがなってください。そうだ、あとで目利きの話をしましょう。忘れないようにメモしておきます。
田端 「まとめ」とニュースサイトとどう違うの? みたいな話はいかがでしょうか。
唐木 「まとめ」とどう違うか? これだけ話したらもう皆さんわかってくださってるんじゃないでしょうか。付け加えるなら、まとめとかレビューとか感想文って、楽しい作業ですよね。
田端 ライティングは楽しくないんですか。
唐木 楽しいわけないじゃん、超かったるいよ! だから、楽しい作業はどうぞ皆さんがやって下さい。僕らは、皆さんにとってかったるいこと、つまりニュースを探してきたり、ソースにあたって裏を取ったり、図版を手配してもらったり、明日も明後日も休みなくニュースを出し続けたり、そういうことは僕らがやりますから。だからいくらかのお金が世の中から流れ込んで、それがみんなのお給料になる。

「まとめ」とか、最近はキュレーションって言うの? それらは「編集者」って職能とは違う、本来的な意味での「編集」行為ですよね。ただそれは、パソコンのメニューバーに書いてある「編集」と同じ意味だと思います。誰のパソコンにも必ず「編集」って書いてあるから、押してみてください。そうすると「カット・コピー・ペースト」って出てきますから。つまり身も蓋もないこと言えば、編集ってコピペのことです。エディット作業ね。

でもエディット作業って、執筆や演奏に比べたらだいぶ裾野が広い行為と思うし、これからの時代特に、それでお金を取るのは難しくなっていくと思う。まとめ職人やまとめサイト管理人をやるにしたって、アフィリエイトしか収入源ないでしょう? 1人暮らすなら可能だけど事業にはならないと思う。それよりは「まとめ」の材料になる文章を、毎日毎日絶やさず書き続けること。それこそが会社にとっては価値を生み出すことになると思ってます。
――「うちが泥臭いことは引き受けますからおたくは楽をしてください」
田端 ちなみに「俺、今まさしくメディア立ち上げようとしてる」って方いらっしゃいますか?(会場挙手) いらっしゃった。
唐木 ネットですか、紙媒体ですか。
参加者 ネットです。
唐木 ニュースメディア?
参加者 お出かけコースを集めたサイトです。
田端 散歩の達人みたいな?
唐木 すっごい面白そう。当たったら呼んでください(笑)。
田端 何かアドバイスないんですか。
唐木 うーん、さっきの話の繰り返しになるけど、楽しては稼ぐのはとても難しいので、かったるいことを避けずに、泥臭いことを続けたら上手くいくんじゃないかな。
田端 何か割と、平凡なおじさんのアドバイスみたいな。
唐木 だって平凡なおじさんだもん、仕方ない。初めて会った人とかに聞かれるんだよ、「ナタリーすごいですね、何か特別なノウハウがあるんですよね」とかって。ないから。「ノウハウ教えてください」って言うから、実際のところを全部話すんです。朝10時に出社して、1人1500くらいのサイトを、目視とRSSリーダーとはてブと使ってチェックします。あとTwitterもリストで巡回する。毎月140冊くらいの雑誌に目を通す。そうして拾ったネタがたとえば40個あったとしたら、実際書けるのは25本くらいだから優先順位を付けてく。
田端 それは編集会議で決めるんですか。
唐木 会議室ではやらない。グーグルのスプレッドシート上で「あうんの呼吸」でやってます。あとはそれぞれの担当者に連絡して話を聞いたり、画像の使用許諾をもらう。そしたら記事書いて、出版社やメーカーによっては文章チェックを要求されることもあるから確認回して、あとはデスクが校了して公開される。それを本数分やるだけ。誰に聞かれても包み隠さず全部話してます。だけど、10人以上に話してるけど、真似してくれた人は1人もいない。
田端 ある意味、愚直って言うか。IT業界は特にそうですけど、上手くいってるネット企業の話を聞くと、何かすごい魔法のマジックがあるんじゃないかって幻想を持たれがちです。でも実際のところ、たとえばホットペッパーとかね、営業マンに「1日30件飛び込め」とかそんなんありますよ。とにかく飛び込め、飛び込み続けろ、みたいな。ただ愚直にやり抜くと、案外会社としてそこそこ回ったりする。ただそういう話って良くも悪くも、夢も希望もない話だなって思われてしまいます。
唐木 「パソコン1台で2億円を稼ぎ出した魔法のノウハウ」「座ってるだけで…」みたいなのが聞きたいんでしょ? 情報商材買えばいっぱい載ってます(笑)。うちはそういうのじゃないから。
田端 誰もが嫌がることを馬鹿正直にやるっていう。泥臭い。
唐木 最初の収入源の話のとき、ニュースを配信してる話、しましたよね。うちは記事を売ってるんだけど、これは「うちが泥臭いことは引き受けますからおたくは楽をしてください、その代わりいくらかいただきますよ」って、そういうビジネスなわけです。だから繰り返しになっちゃうけど、きょう来た皆さんはぜひ、かったるいことをやったらいいんじゃないかな。ダメかな。
田端 全然ダメじゃない。素晴らしい。ただあんまりにも身も蓋もなさ過ぎて、「俺もナタリーみたいに1日何十本も書くぞ」とは思えなかったんじゃないかな、と思いながら、一方では世の中の真理ってそんなもんだよなと、複雑な思いで聞いてました。
08
――ナタリーで「通」の促成栽培をして、エンタメ業界を下支えしたい
唐木 おしまいに、さっき目利きって言葉が出たから、その話をさせてください。ナタリーは基本的にTwitterの普及とともに成長してきたメディアで、音楽ナタリーはいま、61万フォロアー。国内メディアでは、あと上にNHKと日経と朝日しかいない。仮にコミックとお笑いを足したら、NHKも抜いてトップです。そういうTwitterと親和性の高い媒体ですので、一見じゃないナタリーのユーザーさんというのは、たいていがTwitterユーザーだと思っています。

それで、音楽でもお笑いでもコミックでもいいんだけど、ナタリーのTwitterアカウントをフォローするとどういうことが起きるかというと、自分のタイムラインに、1日20本だか40本だかのヘッドラインががんがん飛び込んでくるわけです。それが何をもたらすかと言うと、すごいスピードでそのジャンルの「通」になっていくんだよね。僕はナタリーのTwitterアカウントは「通」の市民化、もしくは促成栽培だと思ってるの。
田端 みなさん「通」ってわかります? 食通とかの「ツウ」です。通るって字。
唐木 昔は、いつどのマンガが出て、どこではどんな特集が展開されてて、どこではこんな新連載が立ち上がって、っていう情報を横断的網羅的に把握してる人って、書店員の熱心な人と、版元でも特別熱心な人くらいしかいなかったんです。業界全体を見通せるようなニュースソースを持ってて、日々それを浴びてるのは、わずかな「通」しかいなくて、逆に言うとその人たちはそれを理由に食えていた。

だけど今はコミックナタリーのTwitterをフォローするだけで、毎日毎日、興味あることもないことも、マンガの情報が滝のように降り注いでくる。TLを追ってるとその滝に打たれてるようで、つまりずっと滝行してるみたいな感じなんです。情報の滝行。その状態に慣れて1年ぐらい経つと、正直、並のマンガ売り場の書店員よりは、マンガ業界のことに詳しくなっていますよ。それは音楽でもお笑いでも一緒。

そうすると自分の好きなマンガ、自分が好きじゃないマンガもわかってくるし、あとはマンガ業界に何が溢れていて何が足りないかっていうのもわかってきたりする。そういう人たちは基本、お金を落とすことへのハードルが低くなってるんです。気になるマンガがあったら気軽に買ってチェックする人になってくれる。そういう人が、各ジャンルに数万人誕生したらどうですか。それは業界を支える、良質な購買者層を耕してることになるんじゃないかなって。そういうことを最近思いました。
田端 それは目の肥えた消費者を養成してるのだろうし、そのことが、巨大なプロモーション予算をかけなくても良い作品が受け入れられるかもしれないという可能性を広げていると言えるかもしれない。ひいては音楽でもマンガでもお笑いでも、業界自体の水準の向上を助けてるってことになるのかも。
唐木 エンタメ業界は、構造的にみんな斜陽なんです。音楽はCD不況、お笑いは劇場激減、出版もご存知の通り。調子いいのはパズドラとLINEでしょう? その中でどうやってポップカルチャーを盛り上げるお手伝いができるかって考えたら、僕らは「通」の促成栽培ってのができるんじゃないかなって。これは社内でも話したことない、僕が個人的に心の中で暖めてきたことなんだけど。

みんな合コンとかには5000円でも平気で払うくせに、マンガに月5000円落としてくれる消費者っていうのは、ほんとに少ない。マンガや音楽なんて人生に与えてくれるインパクトから考えたら超安いと思うんだけど、もはや「え、買うもんなの?」って感じじゃん。みなさんNegiccoの「アイドルばかり聞かないで」って曲聴きました? 小西康陽さんのプロデュースなんだけど、2番の出だしが「♪普通の人は、CDなんて、もう買わなくなった」っていう歌詞なの。
田端 それはすごいね。
唐木 それがタワレコのレーベルから出てるんだよ。すごい皮肉が利いてるよね。でも現実には、ほんとそうなんだと思う。普通の人が買うミリオンヒットなんてもう出ない。着メロだってもう売れない。だったらちょっと普通じゃない人、つまり軽い通とか軽いマニアを促成栽培で増やしていくのが、エンタメを下支えすることになるんじゃないのかって思って、そう思ってこの仕事を続けてます。
――まず自分の生活費がどこから出てるのかをよく見つめたらいい
田端 長い目で見て業界自体をどう盛り上げられるか、みたいな。
唐木 そう。だって業界が盛り上がらないと、我々が食っていけないですから。
田端 じゃあこれから質問タイムをやりましょう。はい、そちらの方。
参加者 普段はニュースサイトで、タイアップの記事を書いてるんですけど、ナタリーでは編集の方がタイアップを書かれるんですか。
唐木 これはちょっと歯がゆいんだけど、おかげさまで仕事が多くて手が回らなくなって、最近は外部のライターさんを使うことが増えてきました。特に音楽は。ほんとはフル内製できたらいちばんいいけど、そうもいかないのが現実です。
参加者 雑誌の編集とかされてた方って、「広告はゴミだ」みたいにおっしゃる方もいらっしゃると思うんですが。
唐木 そんなこと言う人いるの?(笑) えーと、もし販売収益だけで運営されてる媒体の方がそうおっしゃるのでしたら、それも結構。恵まれててよかったですね、と申し上げたい。でも広告収益で飯食わせてもらってて、それでそんなこと言うなら、ゴミのおこぼれもらってるアンタは何だって話ですよ(笑)。「嫌儲」みたいな人は、まず自分の生活費がどこから出てるのかをよく見つめたらいいと思います。
参加者 タイアップをするときに、雑誌とウェブとで感覚のズレみたいのはありますか。広告主の要望をどれくら聞き入れるかとか。
唐木 一緒だと思います。というかタイアップに限らず、「紙かウェブか」みたいなテーゼが、僕は一切ピンときてないんで、違いがわからないです。なんて言ったらいいんだろう、モーツァルトはmp3で聴いてもアナログで聴いても、素晴らしいんじゃないですか。ウェブで読んで面白い記事は紙で読んでもたいがい面白いですよ。だから紙で見て「提灯記事だな」ってものはウェブで見ても提灯に見えると思うし、うん、一緒。
――リロードするたびにRTが増えてくとか、やっぱりちょっとアガる
参加者 ニュース記事は売らない、特集記事は売り物、とおっしゃっていてすごい驚いたんです。何でかって言うと、僕はてっきり逆だと思っていたんで。
田端 それ僕も! ニュース記事ってファクトだからむしろ売っても安全で、特集とかインタビューのほうが「魂売ってる感」が強く出ちゃうんじゃないかと思うんですけど、違うんでしょうか。
唐木 ひとつは意識として、ニュース記事の部分は報道だと思ってやってるんで。あと、特集とかインタビューは記事作りの自由度が高いというか、裁量が大きいからこそ、ゴリ押しじゃない、嫌な形にならないように作れると思うんです。ただ、あなたがもしこういう仕事に興味あるんだったら、逆でやってみたらいいと思います。ニュースの掲載は有料で相談に乗ってあげて、それで得たお金突っ込んで贅沢な企画ページを作る、とか。それで成功したら真似させてください(笑)。
参加者 御社のライターさんのモチベーションっていうか、人事評価的なところはどうなっていますか。
唐木 えーとまず、モチベーションは自分の中の問題で、人事評価は他人から見た問題ですから、切り分けて考えることにしましょう。モチベーションは第一に生活ですよね。好きなカルチャー分野に携わって、それで暮らしが維持できるっていう。あとは何だろう、拡散とかPVとか?
田端 こないだ御社に行ったとき、でっかいモニターにリアルタイムでGoogle Analyticsを映していましたよね。あれ感心したんだけど。アクセスが急に伸びたら瞬時にわかるっていう。
唐木 あれはいいよ。やっぱり自分の記事が出た瞬間からPVが跳ね上がっていくとか、RTがリロードするたびに増えてくとか、ダイレクトだから。そういうのやっぱりちょっと、アガるっていうか、やりがいになると思う。あと人事評価でしたね。うーん。
田端 やっぱりPVをいちばん獲得した人の給料がいちばん高いんですか?
唐木 別に獲得したPVで査定しているわけじゃないです。ただやっぱりエース格の子はいて、たとえばもう芸術的としかいえない、冴えた言語感覚をぶっ込んでくる子もいる。一方で手堅い記事だけど人の3倍書きますって子もいる。結果的には、彼らどちらにもPVがついてきているように思います。もちろん冴えた記事を量産できる人がいたら、その人がもっともPVを稼ぐでしょうね。
09
――ワンフロアのほうが会社の一体感みたいなのが出るかなーと
参加者 先ほど、少人数のときは何も言わなくても伝わっていたけど、それが45人になったら、言葉にしないと伝わらなくなったと。それを薄めないようにする工夫って言うのはどこの企業も悩んでると思うので、そこを教えてください。
唐木 現実的にはどうしても薄まる。ただどれだけ薄まるのを防げるかっていうのが大事なんだと思います。どこの経営者もイズムを浸透させることには心を砕いてると思うし、うちが上手くいってるかどうかは非常に心許ないんですけど、具体的に言うとまず、うちの会社はまずワンフロアです。ご存知だと思うけど同じ条件ならフロアが別れてるほうが家賃って安いんですけど、ワンフロアのほうが会社の一体感みたいなのが出るかなーと思って。
参加者 朝礼みたいなのはないんですか。
唐木 ないです。月に1回全体ミーティングをやるくらい。あとは定期的にゼミ形式の勉強会をやっていこうと思ってる。文章術や、取材のコツや、媒体のイズムも。唐木ゼミだね。いままでは不定期開催だったんだけど、今後はレギュラー化して。
参加者 前に大山さんがどこかのインタビューで「ROCKIN' ONのアンチになりたいわけじゃない」って言ってたんですけど、本音ではROCKIN' ONのこと嫌ってますよね?
唐木 好きか嫌いか? 好きか嫌いかで言えば、うらやましい(会場笑)。
田端 いま、すごい正直な感想が出たような気がしたけど。
唐木 だって、だいぶ儲かってるんじゃないですか? フェスいっぱい打って。あやかりたい。
田端 ナタリーもそのうちフェスとかやったりしないんですか。
唐木 うーん、誰かが本気で取り組んで「僕が収益を出してみせます」って企画書を叩き付けてくれたら、任せてもいいかなって思わないでもないけど。いまの体力から考えるとギャンブルすぎるかな。ギャンブルじゃない規模だとやってもつまんないし、難しいね。お笑いではちょっと前にやったんですよ、ナタリー主催の連続ライブを。
――「なんか言いたくなる」と「最後まで読んでもらえる」のがいい記事
参加者 ちょっと直球でお聞ききしたいんですが、ナタリーで重視している数値ってなんですか。PVなのか、ユーザー数なのか、ソーシャルの拡散なのか、CTRなのか。
唐木 PVは見てるけど、PV至上主義になってはいけないっていつも自戒してます。だってPV至上主義になったら、まずは「釣りタイトル」やるでしょ。次が「サマリーばさみ」。サマリーってわかりますか? ニュース記事のタイトルを押すと、本文が出てくるかと思いきや、1段落目が出てきて「続きを読む」って書いてあるの。これ押したら、まあ単純にPVが倍になる。でも自分がユーザーだったらやっぱりウザいから、やらない。

上げたいのは、やっぱり拡散力、つまりRTといいね!の数ですね。いまの時代は単純な部数と違って、拡散によってメディアの影響力が乗数的に増えますからね。そのためには「拡散したくなる」記事であることが大事。たとえばある記者会見があったとして、ヤフーニュースみたいなポータルだと、数社がその記事を提供して、並んでいる。その中でいちばんRTやコメントが付いていると、それはやっぱりうれしいですね。だから拡散とか言及可能性ってものを比較的重視してるし、記者に対しても「なんか言いたくなる記事」にしなよ、とは常々言ってます。
田端 主観を出さずに、なおかつヒトコト言わずにいられない。そういう記事がいい記事だと。
唐木 そうね。あと「いい記事って何ですか」って聞かれて僕が答えるのは、「最後まで読んでもらえるのがいい記事」って答える。逆に言うと、最後まで読んでもらうのってすごくすごく難しいんです、今の世の中。みんな忙しいし移り気だから。何しろ田端さんの会社で「ざっくり言うと」ってサービスやってるでしょう。今北産業ってやつで、何でも3行で済まされちゃうからね。
田端 それはで言うと弊社はコンテンツを内製してないですから、あくまで美味しいとこだけを切り刻んで出します、ってスタイルでいいんだけど。ナタリーの場合は全部自前でやってるわけだからね。
唐木 それでも「ナタリーの記事は最後まで読んでみようかな」って思ってもらえることが大事だし、やっぱ音楽家だったらイントロからアウトロまで聴いてほしいし、料理人は、全部食べてもらったほうが嬉しいでしょ。その完食してもらうためにどれだけの意図を織り込んで工夫しているのか。それはこんな数時間じゃ話せない、ぶっつづけで話しても5日はかかるくらい、すごくすごく心を砕いています。
――自分のメディアを自分で愛せてないと、作ってて投げやりになっちゃう

参加者 広告代理店で働いておりますので、その立場から。コンテンツマーケティングという言葉がありますけど、広告を入り口としてコンテンツを運営させるってけっこう難しいように思うんです。ナタリーは逆で、コンテンツを入り口に広告を見せるメディアだから魅力的なのかな、と。
唐木 うーん、どうでしょうか。僕は基本的に広告のメディア化っていうのは歓迎というか、どんどんやったらいいと思うんです。一方でメディアの広告化っていうのはさっきも話したように、すごくめんどくさいし慎重にやらなきゃいけないしテクニックが必要で、広告をメディア化させていくほうが簡単なんじゃないかと思っています。
田端 広告のメディア化っていうのは、いろんな企業が公式サイトで記事を展開したり読み物を載せたりしている、ああいう、いわゆるオウンドメディアのことですね。「花椿」みたいなものですか。
唐木 「花椿」最高じゃないですか。資生堂がやってる「花椿」という媒体がありまして。
田端 100年くらい続いてるのかな。あれ。
参加者 でも、企業が自分のところでメディアをやったら、それこそ提灯記事になりやすいんじゃないですか?
唐木 気を許すとね。だからそこはわかってる人ががんばるしかないんです。こんなこと書いてあったら自分は盛り上がるかな、シラケないかな、ってファン目線で考え続けるしかない。「あの人はいい顔しないかも」「あの人に怒られたりしないかな」って考えたらダメですよ。すぐダメになる(笑)。
田端 ちなみにナタリーの掲載基準とかどうなんですか。たとえばヘッドホンの広告は、音楽じゃないけどアリなの?
唐木 まず純広とタイアップで基準が違うけど、純広はまあ問題ないとして、タイアップは、必ずアーティストなりマンガ家なり芸人なりを立てる、ということを基準にしています。つまり単なるヘッドホンのカタログは載らない。でもあるアーティストがそのヘッドフォンを気に入っていて「これいいよ」ってしゃべってくれるなら、大アリですよ、ぜんぜんやる。お待ちしておりまーす(笑)。
田端 逆にそういうブリッジがないと、金いくら積まれてもやらないんだと。
唐木 そうですね。それで断ることも少なくない。
田端 業界の基準からするとかなり潔癖なほうだと思いますね。それはただの屁の突っ張りとかプライドじゃなくて、長い目で見たら、そのほうが儲けに繋がるんじゃないかという、確信を持ってやっている?
唐木 うん、それを崩すとほんとにしんどくなっちゃうから。やっぱり自分で作ってるメディアを自分で愛せてないと、作ってて「あーしんどい、やーめた」って投げやりになっちゃうし、それはユーザーにも伝わるから。それで客が離れたら、結局媒体力が落ちていって、食えなくなるわけじゃないですか。それは困る。だから僕のメディアは僕が読者として「いいな」って思えるものであり続けないといけない。
10
――自分にとって用がないことはやらないほうがいい
参加者 スマホとかからのアクセスってすごい多いと思うんですけど、ネイティブアプリはないですよね。そういうアプリ出そうという議論は社内にあるんですか。
唐木 作ってくれます?
参加者 作りますよ。
唐木 マジですか。じゃあ終わったら話をしましょう。
参加者 さきほどニュースサイトと批評、レビューみたいな話で、ニュースサイトを選んだって言ってましたけど、どうしてそっちを選んだのか、理由を聞かせていただきたいです。
唐木 僕自身の資質として、批評に興味がないんです。自分の感想文を広く読んでほしいという欲望もない。他人の感想文にも興味がない。だからCGMもやらない。世の中にはAmazonレビューや食べログを参考にする人もいっぱいいることは知ってるけど、僕は一切参考にしないので。自分にとって用がないことはやらないほうがいいと思うんですよ。
田端 じゃあそろそろお時間です。きょうは僕の、ほんとうに旧くからの友人に出てもらったわけですが、会社の業態みたいな部分も含めて非常に愚直にやってらして、かつての専門誌、専門メディアの形をネットに移して受け継いでらっしゃる。「ネットメディアで食う」っていう話はたいてい「釣り見出しで、2ちゃんまとめを見習って」「とにかくいかにPVを集めるかが勝負」みたいなスタイルの話になりがちですけど、そういうのとは違うメディアのあり方をお見せできたのではないでしょうか。今日そういったところをなるべくぶっちゃけて語ってくださったので。
唐木 ぶっちゃけたねー(笑)。
田端 ってことなんで、本当に貴重な話を聞かせていただいて、唐木さんに皆さん拍手をお願いします。ありがとうございました。これにてお開きです。
唐木 ありがとうございましたー。

講師紹介

karaki-photo

唐木元

からきげん

株式会社ナターシャ取締役、コミックナタリー編集長。大学在学中よりフリーランスの制作業として活動し、1998年に卒業後は個人事務所「テキストとアイデア」として雑誌を中心に執筆・編集業に従事。2004年よりライブドア・パブリッシング、幻冬舎、KI & Company(ジーノ編集部)と3つの出版社を転々としたのち、株式会社ナターシャに参加。2008年12月に「コミックナタリー」、2011年5月に「おやつナタリー」(同年8月終了)、2012年9月には「ナタリーストア」を立ち上げた。(Twitter ID:@rootsy)

tbt_prf

田端信太郎

たばた しんたろう

1975年10月25日生まれ。石川県出身
NTTデータを経てリクルートへ。フリーマガジン「R25」を立ち上げ、R25創刊後は広告営業の責任者を務める。その後、ライブドアに入社し、livedoorニュースを統括。ライブドア事件後には執行役員メディア事業部長に就任し経営再生をリード。さらに新規メディアとして、BLOGOSなどを立ち上げる。2010年春からコンデナスト・デジタルへ。VOGUE、GQ JAPAN、WIREDなどのWebサイトとデジタルマガジンの収益化を推進。2012年6月 NHN Japan株式会社(現:LINE株式会社) 執行役員広告事業グループ長に就任。livedoor、NAVERまとめ、LINEなどの広告営業を担当。

第5回テーマ「ニッチなニュースサイトを軌道に乗せた、ファン目線の編集思想 」

IMG_2692

第5回の編集キュレーターアカデミーの開催が決定いたしました。

今回のアカデミーのテーマは、「ニッチなニュースサイトを軌道に乗せた、ファン目線の編集思想 」です。聞き手は東京編集キュレーターズ幹事の田端信太郎氏、ゲストスピーカーとしてマンガニュースサイト「コミックナタリー」編集長の唐木元氏をお招きします。

イベント概要

  • テーマ:「ニッチなニュースサイトを軌道に乗せた、ファン目線の編集思想 」
  • スピーカー:唐木元・田端信太郎 
  • 開催日時:2013年7月5日(金)19:30~21:00 (19:00開場)
  • 場所:本屋B&B(世田谷区北沢2-12-4 第2マツヤビル2F)
  • 入場料:1,000円(1ドリンクチケット込み)
  • 応募締め切り:2013年6月24日(月)
募集は終了いたしました
※応募者多数の場合は抽選とさせていただきます。当選の案内は改めてメールでご連絡させていただきます。
個人情報の取り扱いについて

講師紹介

karaki-photo

唐木元

からきげん

株式会社ナターシャ取締役、コミックナタリー編集長。大学在学中よりフリーランスの制作業として活動し、1998年に卒業後は個人事務所「テキストとアイデア」として雑誌を中心に執筆・編集業に従事。2004年よりライブドア・パブリッシング、幻冬舎、KI & Company(ジーノ編集部)と3つの出版社を転々としたのち、株式会社ナターシャに参加。2008年12月に「コミックナタリー」、2011年5月に「おやつナタリー」(同年8月終了)、2012年9月には「ナタリーストア」を立ち上げた。(Twitter ID:@rootsy)

tbt_prf

田端信太郎

たばた しんたろう

1975年10月25日生まれ。石川県出身
NTTデータを経てリクルートへ。フリーマガジン「R25」を立ち上げ、R25創刊後は広告営業の責任者を務める。その後、ライブドアに入社し、livedoorニュースを統括。ライブドア事件後には執行役員メディア事業部長に就任し経営再生をリード。さらに新規メディアとして、BLOGOSなどを立ち上げる。2010年春からコンデナスト・デジタルへ。VOGUE、GQ JAPAN、WIREDなどのWebサイトとデジタルマガジンの収益化を推進。2012年6月 NHN Japan株式会社(現:LINE株式会社) 執行役員広告事業グループ長に就任。livedoor、NAVERまとめ、LINEなどの広告営業を担当。